そこに至福がある

自由に、自分らしく、平穏に生きるためのブログ。

加点方式と減点方式

父は料理が好きで、そういう意味ではグルメだったのかもしれません。

食事をしながら「これは栄養があるぞ~、身体にいいんだ!」と言いながら、よく私にも料理を勧めていました。

私は思いました。「そうだ、確かにそれは栄養があって身体にいいだろう。しかし、その前に身体に悪い酒をやめた方がよくない?身体にいいものより、食べすぎの方が問題じゃない?」と。

なぜか、それを思い出します。

 

健康を考える時、加点方式と減点方式があると思います。

「栄養のあるものを摂って元気になるぞ!」というのは加点方式。

「酒をやめて肝臓を休める」「腹八分にして胃腸を休めデトックス」というのは減点方式。

食の場合、減点方式は「好きなものを控える」という選択になるので、ストレスになりそうですね。

私も健康を考える場合、つい減点方式で考えてしまいます。少し禁欲的なところがあります。

しかも「酒をやめる」「砂糖は摂らない」など極端にいく傾向があります。

しかし、それは辛い道です。

 

そこで、最近は加点方式で考えるようにしています。

身体に悪いことよりも身体に良いことにフォーカスします。

・水をたくさん飲む(水分をしっかりとる)

・肉など良質のタンパク質を意識して摂る

・ヨーグルトを食べて乳酸菌を積極的に摂る

・たっぷり眠る

・楽しく、毎日続く運動をする

等々。

 

「やめる」ことよりも「良い習慣を増やす」ことに注力していきます。

良い習慣が増えていけば、自ずと悪い習慣も力を失って勢力を失っていくのではないか?

早起きする習慣をつければ、その日、1日が充実するように。

チームに明るい人が増えれば、チームの雰囲気が明るくなるように。 

楽しいことを増やせば、毎日が楽しくなるように。

 

 

生は流れる

老い、死に対する向き合い方は、人それぞれだと思います。

それぞれ信仰や価値観が違うでしょうし、それらも年を経ながら変わるものです。

そんな中、気に入った言葉に出会いましたので、ここに引用したいと思います。

 

「美的生活」というのは別に書画骨董を愛玩したり、歌仙を巻いたり、文人墨客と賺した話をすることではない。

そうではなくて、「目の前にあるこれは、いずれ消え去って、あとをとどめない」という人事万象の「無常」を、その「先取された死」を「込み」で、ご飯を食べたり、働いたり、遊んだり、つくったり、こわしたり、愛したり、憎んだり、欲望したり、諦めたりすることではないかと私は思う。

なぜ、「生け花」と「プラスチックの造花」のあいだに美的価値の違いがあるかということを前に論じたことがある。

もしも、造型的にも、香りも、触感も、まったく同じであったとしたら、「生きた花」と「死んだ花」の本質的な差はどこにあるか。

差は一つしかない。

「生きている花」はこれから死ぬことができるが、「死んだ花」はもう死ぬことができないということだけである。

美的価値とは、畢竟するところ、「死ぬことができる」「滅びることができる」という可能態のうちに棲まっている。

私たちが死ぬのを嫌がるのは、生きることが楽しいからではない。

一度死ぬと、もう死ねないからである。

すべての人間的価値を本質的なところで構成するのは「死」である。

 死ぬ言葉 (内田樹の研究室)より引用。 

 

 

2月20日の食事

朝:コーヒー×2

 間食:バター、デザートチーズ、コーヒー(イオンラウンジ)

昼:かけうどん(中)、卵

 間食:コーヒー、アーモンド、バター

夜:発砲酒350ml×2、ウインナー、フライドポテト(惣菜)、ナチュラルチーズ

 間食:コーヒー

 

バターは食べきった。今後は買わない方向。