そこに至福がある

自由に、自分らしく、平穏に生きるためのブログ。

生は流れる

老い、死に対する向き合い方は、人それぞれだと思います。

それぞれ信仰や価値観が違うでしょうし、それらも年を経ながら変わるものです。

そんな中、気に入った言葉に出会いましたので、ここに引用したいと思います。

 

「美的生活」というのは別に書画骨董を愛玩したり、歌仙を巻いたり、文人墨客と賺した話をすることではない。

そうではなくて、「目の前にあるこれは、いずれ消え去って、あとをとどめない」という人事万象の「無常」を、その「先取された死」を「込み」で、ご飯を食べたり、働いたり、遊んだり、つくったり、こわしたり、愛したり、憎んだり、欲望したり、諦めたりすることではないかと私は思う。

なぜ、「生け花」と「プラスチックの造花」のあいだに美的価値の違いがあるかということを前に論じたことがある。

もしも、造型的にも、香りも、触感も、まったく同じであったとしたら、「生きた花」と「死んだ花」の本質的な差はどこにあるか。

差は一つしかない。

「生きている花」はこれから死ぬことができるが、「死んだ花」はもう死ぬことができないということだけである。

美的価値とは、畢竟するところ、「死ぬことができる」「滅びることができる」という可能態のうちに棲まっている。

私たちが死ぬのを嫌がるのは、生きることが楽しいからではない。

一度死ぬと、もう死ねないからである。

すべての人間的価値を本質的なところで構成するのは「死」である。

 死ぬ言葉 (内田樹の研究室)より引用。