そこに至福がある

自由に、自分らしく、平穏に生きるためのブログ。

潜在意識は現れる

子供の虐待の話をニュースなどで、よく目にします。
赤ん坊みたいな本当に小さな生命に対する虐待もあり、耳を疑うばかりです。
全く理解できなかったのですが、最近、思うようになりました。
例えば、望んでいなかった子が産まれてしまい、
そのことへの怒りの対象として子供に当たってしまうとか。あるいは「この子さえいなければ、私はもっと◯◯ができたのに…」という怒りとか。
あるいは、自分の男に捨てられないために、子供を虐待するとかもあるのでしょう。
すべて私の想像に過ぎませんが、もともと虐待する気があったわけではなかったけれど、潜在意識にか
抱えていた不安・不満・怒りが虐待という結果を生み出したのではないか?と。

私が昔、つきあっていた女性がいました。
その女性は本当に私のことをすごく好いてくれました。今、振り返っても、自分にとってそんな女性はいないんだろうと思うほどに。
しかし、その私への好意と裏腹に私は本当に彼女に酷い扱いをしていました。もちろん、最初からそうではありませんでしたが。
暴力を振るうことはありませんでしたが、とにかく人として酷い扱いをした…今、振り返ってもなんでそんな非人間的なことをしたのだろうか、と思うほどに。
しかし、今、十数年と時が流れて客観的に事実を見つめられるようになりました。
それは、もう別れたいのにつきあっていたからなんですね。
つきあっていることに不満を感じていて、しかし、その現実が変わらないことに怒りを感じていた。そして、自分をごまかしていた。
しかし、潜在意識で抱えていることは誤魔化せません。それは、しっかりと表面に現れてくる。
それが、彼女への酷い扱いとなって、怒りの対象となって現れてしまったんだと思います。
この当時、私は仕事でもストレスを抱えていて、酒を浴びるように飲み、性欲と金銭欲もコントロールできず、本当に酷い生活を送っていました。もう完全に悪循環にはまっていた苦い記憶がよみがえってきます。

この人間社会に生きている以上、人間関係というのは避けられないし、嫌いなことをしなくてはいけない場面というのは今後も無数にでてくると思います。
しかし、私は可能な限り自分の思うように生きたいし、嫌いなことをする生活は極限、避けたい。
結局、それが自分の幸せにつながるし、他人(家族)も不幸にすることを減らすのだろうと思います。
その最たる象徴が人生の大部分を占める仕事(職業)であり、だから私にとって仕事を考えるというのは最重要なテーマになっています。もっとも「好きな仕事を探す」よも「いかに仕事をしないか」に重点は移ってしまいましたが。